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(にやーり)

なんか駄文を色々と。 まれに隙間情報を狙い撃ちする素振り(風味)のメモや、コントも。

なんかもう荒行てぃっく♪(追補)

 
 なんとなーく思いつきで 富士山陀羅尼坊(富士太郎)に会いに行ってきました 富士山に登ったり登らなかったり、富士スカイラインをうりゃーおりゃーと走ったり、白糸の滝なんかの写真を撮ったり、温泉風味の何かに浸かってみたり、ギュインギュインと回る寿司を食べたりとかしてきました。

 まー思っくそ凍えたりしてもいましたけど。
 知ってはいたけど、本当に斜め下から雨が降ってくるんだね……。
  かなりアレな状態だったらしく、しばらく手は動かないわ、痛いわ痙攣しかけるわ。

 いえ、まぁ仮に陀羅尼坊に会うにしても「……太郎ちゃん、いるー?」と言って行っても、会えるかどうか知りませんよ。
 何かと忙しいでしょうしね。
  そういう問題なのかしらん?


 さてさて。
 本当は写真なんかを交えて小旅行記仕立てで書こうかと思ってましたが、面倒になったので延期。
 別口で、別記事にでっち上げようかなーと。
 今回はシンプルに、富士山に関連する天狗を軸に据えて、そこら辺で やっつけ まとめてみようかな、っと。

 いいけど天狗関連の資料って本当に少ないなぁ。


 
 

 ‥‥因みに。
 富士山陀羅尼坊(ふじさん・だらにぼう)に会おう(?)とする場合は、登山口は富士宮口か御殿場口にする必要があり、その八合目未満の適切な場所に赴く必要があることでしょう。
 その場合、富士宮口の方が好ましいような気がします。陀羅尼坊が守護する表口ですしね。
 また富士宮口でも現在の五合目でなく、かつての五合目――現在の雲海荘や宝永山荘がある新・六合目よりも少し上の辺り――以上の位置まで赴く方が良いのかも知れません。
 要するに六合目以上、八合目未満――という辺りが好ましいように思います。
 多分ですが。

 何故なら。

 陀羅尼坊は富士山の南側(主に静岡県側)を管轄しており、かつ八合目以上は浅間大社の管轄地・境内であるため。
 まぁ陀羅尼坊が神社の境内に入れないと言うことは無いと思いますが、特に用が無ければ入ることも無いでしょう。

 また六合目以上と言うのは、こちら―― (来た! 見た! 登った! 富士登山さんの、こちらのページ) ――の一文ですが。

> 「ここより下を俗界、これより上を聖地としここがその境である」との意味である。
> ここから聖地に入るので金剛杖を逆さにし、俗界を突いて汚れた部分を上にしてきれいな部分を突いて登っていった。


――とあるように、かつての五合目(現在の新六合目よりも上)が下界との境となっていることに起因します。
 どうせ赴くならば、そういう何らかの由来・意味がある場所を目指すべきでしょう。
  私が登った時も、偶然でしたが、ちょうどこの付近(少し手前の辺り?)まで登ってました。雨の中、大変なことになりながら。

 また陀羅尼坊は、高鉢権現などとも呼ばれて高鉢山に祀られていましたから、高鉢山の辺りに赴くのも悪くは無さげな気もしますが‥‥この辺りについては後述します。
 

 加えて、浅間神社の祭神・木花之佐久夜比売命(このはなさくやひめのみこと)と折り合いが良さそうにも思えませんし。
  石長比売命(いわながひめのみこと)の方が天狗受け(?)は良さげな気がします。


 河口湖口は富士山の北側に位置するため、陀羅尼坊ではなく小御嶽正真坊(こみたけ・せいしんぼう)の管轄(主に山梨県側)ですから、そこで陀羅尼坊に会おうというのは無茶と言うものでしょう。

 佐藤さんの家に行って「お隣の鈴木さんに会いたいんだけど?」とか言うようなもんです。
 「鈴木さんとこに自分で直接行けよ」と言われるのがオチです。

 なお正真坊の場合は(河口湖口の)五合目にある小御嶽神社に祀られていますから、そこに行けばよいでしょう。
 そのように明示のある社が存在すると言うことは即ち、そこには祭神等に何らかの縁があり、また人々に拠点(の一つ)であると認識されているということ――妙な理屈ですが、人々に認識されていることが被信仰者(神でも天狗でも)にとっても、やはり拠点と定めるに足る要件となるもの――ですから、そこに参っておけば(一定以上)確実なのです。

 因みに。須走口の御嶽神社は、木花之佐久夜比売命を祀っている社なのでお間違えなきよう。
  いいんですが、小御嶽の[嶽](たけ)を地獄の[獄]と記載してるページが随分と多いね。

 須走口は‥‥ほぼ富士山の真東側にあるので、どっちの管轄やら判りません


 そんなこんなで、もしも富士山陀羅尼坊・富士太郎に参拝(?)しようとするなら、この辺りが妥当なところでしょう。
 一応、かつては強い由来・縁もあり、また何より、祀られていたとも言える高鉢山や「村山浅間神社」も考慮すべきなのかも知れませんが‥‥別エントリでの伯耆坊の考え方と同様に、現状、高鉢権現は祀られていないようですし、もう今や関連も薄そうですから、ちょっと微妙ですね。
 だからと言って、別に行っちゃいけないわけではありませんから念のため。


 さて木花之佐久夜比売命ですが。
 簡潔に言うと、名前の示すように時限付きの栄華や繁栄をもたらす女神です。
 こいつ(ぉ)は、かなりの――多分、地津神 (くにつかみ:祇・国神・国津神とも書く) の中でも一・二を争うであろうほどの――美人(いや神だけど)ではあるんですけどね。正しく、その名の通りに。
 その一方で、かなり気性が激しく、負けず嫌いと言うか何と言うか。
 まぁ手放しに性格がよろしいとは、評しがたいとでも言うのか何と言うべきか。
  こいつ(ぉぃ)よりも確実に美人と言うと、伊弉冉尊(いざなみのみこと)・天照大御神、あとは宗像三神(※)くらいのものでしょう。きっと。多分。
  全員が揃って、天津神の中でも上位に座する女神ですが。
  つーか伊弉冉尊は既に死んでますけどね。そんで今は黄泉津大神(よもつおおかみ)になっています。


 一方で姉の石長比売命ですが。
 これまた簡潔に言えば、長命・長寿や磐石さをもたらす女神です。
 こちらは温厚で非常に優しく細やかで、性格は非常によろしいという以外には無いでしょう。太鼓判。
 ですが。
 何と言うか、その外見が‥‥(お察し下さい)

 故に。
 割と頑固で偏屈な者の多い天狗と、鼻っ柱の強い木花之佐久夜比売命の折り合いが良いとは考えにくいんですね。
 そして、どっちかっつーと天狗なら石長比売命の方との折り合いが良さげな。
  実際(?)小御嶽神社には、正真坊だけでなくって言うか主祭神として石長比売命が祀られてますし。

 とは言え。
 まぁ木花之佐久夜比売命は、彦山豊前坊の義理の娘(息子の正妻)に当たるわけでもありますし、そう表面だって仲が悪いとも思えませんが。
 ですが、要するに似た者同士ですから‥‥伸るか反るか

 つーか余談ですが、あちこちの神社を見ていて思うんですけども‥‥そもそも、ペアで1セットと設定されていた女神(姉妹)を別々に祀ってどーすんだって気はします。
 特に、必ず終わりが来る繁栄をもたらす女神のみを単独で祀って何が有難いのやら。
 旦那である邇邇芸命(ににぎのみこと)自身が、そういうポカをやっちまってますから致し方ないのかも知れませんけどね。
  まぁ私も男ですし、邇邇芸命の気持ちも解らんでは無いですが。


※ 宗像三神(むなかたさんじん):宗像三女神とも。
 主に海上交通・海運などを守護する、その美貌などでも割と名高い女神。
 建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)の十拳剣(とつかのつるぎ)から生まれた、娘である三姉妹(三つ子?)。
 多紀理毘売命(たきりびめのみこと)・市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)・多岐都比売命(たぎつひめのみこと)――の三柱です。
  なお、この十拳剣は(いわゆる)一般名称であり、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ:一般には草薙剣)などの固有名詞とは異なります。

  因みに美人揃いの三姉妹の中でも、特に次女の市寸島比売命が頭一つ抜けて美人なんだとか。


 ん? 猿女の君? 補足しておくと、天宇受賣命(あまのうずめのみこと)のことです。
  また一部では、天宇受賣命を信仰している、その末裔とも言われる神楽や歌舞を舞う者たちのことも、そのように呼称しますけどね。

 確かに非常に魅力的な女性(型の神)だろうと思いますが、ただ、いわゆる容貌としての美人と言うのとは少し違う気もします。
 愛嬌があるとか愛想がいいとか、あるいは気立てがいいとか‥‥そんな面も大きい、魅力的な女性ってことなのではないでしょうか。


 この辺りは、古事記でも日本書紀でも、あとは先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)なんかにも出てた気がするので、ご参照下さい。またそれ以外の様々な文献や伝承(を集めたものなど)もいいでしょうね。
 同じ女神と言う括りでも、意外と、そういう逸話があったり無かったりするものですよ。

 適当ぶっこいてるワケでも、何やらチャネリングしてるわけでもありませんから。念のため。
 まぁ多少は、伝承等からの印象による主観的な部分も混じってますけどね。

 いや。○×の神からの啓示と使命とを賜り――とか書いておいた方が面白かったかも。


 あまりに天狗分が乏しいので、何となく鞍馬山魔王尊。
  どうも稀に、僧正坊は魔王尊の分身と言うか分体と言うか、そんなのであるという説も。

 まーぐぐりゃ出てきますが、魔王尊は今を去ること650万年前に金星からやってきた、人々を救い導く者だとか何とか。

 ‥‥はい? 金星? 650万年前?? サナト・クマラ???

 なんじゃそりゃ、と訝しがり調べてみると‥‥どうも最近(昭和の中ごろ?)に突如主張され始めたもののようで。
 要するに魔王尊に対する説明としては、歴史のない後付けのものなのですね。
 少なくとも、大正期以前の魔王尊の由来・縁起とは整合しない内容であるようです。
  まぁそれを言ったら、古事記などでさえ、当時に再編集・再編纂・統合・後付けも行なわれているモノってことになっちまいますが。
  過日の「日本八天狗」で挙げた天之忍穂耳命や天津日子根命なども、既存の多数の神々を統合して形作られ、その上で高位の神とされたらしき痕跡も見られますしね。

  なおサナト・クマラ~云々~は、どうも当時の責任者と言うか何と言うかが神智学に傾倒したようで、そこから出てきちゃったみたいですね。



 あれ?
 天狗と言うのは(主に)山岳信仰やら修験者・山伏やらに端を発するもので、殆どが山々を守護する者のはず。
 一方の木花之佐久夜比売命は、日本のほぼ全ての山を司る大山津見神(おおやまつみのかみ)の娘。
 んでもって鞍馬山魔王尊は、全天狗の総元締めでもある鞍馬山僧正坊の更に上司っつーか親分。

 鞍馬山魔王尊=木花之佐久夜比売命‥‥でなく。

 鞍馬山魔王尊≒大山津見神 だったら面白いですね。
  まだ確実な確認が取れたとまでは言いにくいですが、どうも類推含みながらも魔王尊の縁起に辿り着けそうな手応えはあります。
  そんで(多分?)辿り着きました。それに関しては、同じカテゴリ内にあるエントリを参照してください。


 

テーマ:宗教・信仰 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2007/09/01(土) 22:53:25|
  2. 神話・伝承・宗教・掩蔽
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 時に、口調や文体が微妙に適当だったりする場合がありますが、仕様ですね。保証期間も切れてますし、どうにもなりませぬ。諦めてください。
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