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(にやーり)

なんか駄文を色々と。 まれに隙間情報を狙い撃ちする素振り(風味)のメモや、コントも。

むしろ不思議。(+1)

 
 例えば。
 「◎◎ って不思議ですよね」とか「不思議だと思いませんか」――という同意を求めるような趣旨の文であるべきところに。

 「不思議です?」
 と表記されているもの。
 私も、この表現を(あえて)使ったことはありますけどね。
 あえて読み手にモヤモヤとした気持ち悪さや変テコさを感じさせるために、ってことで。

 この「不思議です?」を表記に基づき解釈すると。
 「それを私が不思議に思うべきか否か、私には判断が付きません」――みたいなことになりませんか?
――「(あなたは)不思議(と感じてしまうの)ですか?」ではなく。

 これとよく似たものに。
 「~~わかりません?」があります。

 これももちろん「あなたにはわかりませんか?/わかりますよね?」というような表現が来るべき場所ではなく、文脈的には「私には~~がわからないのです」というところで使われていたりします。


 一般にクエスチョン・マークには、その直前に一文に対して疑問を投げかけるという用法と、同意を求める時の用法とがあります。
  それと、疑問を投げかけるものの中にも何種類かありますけども。

 例えば疑問を投げかける場合は「~~を食べます(か)?」みたいになりますね?
 あるいは体言止めに[?]を付ける場合も同様です。
 「さつまいも?」――と書けば「これはサツマイモなのだろうか」・「何故サツマイモが選ばれたのか」みたいな解釈になるのが殆どでしょう。

 また同意を求める「~~ですよね?」の場合は「~~です・よね」と分解され、この時の[?]は「よね」に対して掛かります。
 決してその前の「~~です・」の部分には(直接は)掛からないんです。


 そこで初めの例のように「~~ですよね?」から「よね」を省いてしまうと、同意を求めているという形が成立しなくなるので「~~です」の部分に疑問を直接投げかけてしまうことになるわけです。
 ちょうど上述の、体言止めに[?]を付けた時と同様です。
 もちろん、どっちにしろおかしいんですが、(本人の発言に対して本人が)疑問を投げかける形だと解釈する方がまだ文章としては自然なので、そういう、やけに気の毒な人を見守る感じで解釈せざるを得なくなるっつーわけです。


 まぁそりゃ実際には、より自然な意味になるよう翻訳・変換して解釈しますから「~~ですよね?」の誤記ってのは理解できますけども。

 しかし書き手自身が、それを書いていて違和感を感じないのだろうか。
 それが不思議でならない。
  試しに「不思議でならない?」とすると――「アナタは(何故)不思議に思ってしまうのでしょうか」というような問いかけに見えるでしょ?

 

 

 それとついでに。
 前にも少し書いたけど……。

 やけに造語を作ってしまう人。
  もちろん何かの意図があって、あえて……というのは別ですよ?

 私が見てきたところでは、こういう人はおおむね、言葉を知らない/語彙に乏しい人ばかりでしたね。
 それなのに、なにかを表現しようとする際に、(できるだけ)一語・少ない語数で表現したがるものだから、造語を作り出してしまうようです。
  これって、まんまと落とし穴なんですけどねぇ……自分がはまる。

 そんで酷いのになると、既に一語・少ない語数で表現できる単語や熟語があるにも関わらず、造語(そいつ語)を作ったり、あるいはもっと酷いと、その言葉(造語)が既に別の意味を持つ単語や表現だったりします
 以前にも挙げた「心を砕く、の誤用」なんかも、およそここに分類できるでしょう。
 ここまで行くと単なる誤用を通り越して、ただの大馬鹿ですけどね。
  日本語では「心を砕く」というと「尽力する、配慮する、気遣う」という意味なんですけどね。
  その例では「(その対象を)傷つけた」とか「失意に落とした」みたいな意図・意味で用いていましたね。


 つーか、もうハッキリ書いちゃうけど。
 自分を賢いと勘違いしている(度合いの強い)人物ほど、そういう単語化造語を作ります
 馬鹿ほど作る――と断言できます。
  まぁ、そういう漢字の羅列的な言葉を用いてると、一見難しそうで、賢そうには見えなくも無い――のかも知れないんですけどねぇ……。
  そんなハッタリが通じるのは、その当人よりも馬鹿が相手の時だけですよ。



 閑話休題。
 そういう造語が含まれていると、当然のように解釈がおかしくなるけれど。
 その造語が、既存の、別の意味を持つ単語と重複していたりすると、その誤りに気付きにくくなったり、不審さが跳ね上がったりします。
 より謎の文章になってしまうわけです。

 そこから更にこじらせると。
 そういう誤用や自分が作った造語にも拘らず、逆に「私が正しい、お前が間違っている」――とか言い出したりするんですよねぇ。調べも確認もせずに。
 ええ、実体験ですよ。恐ろしいことに。
 お前は、どんだけ破格の全能感・万能感を持ってやがるんだ、と言いたい。

 しかもそいつ(のうちの一人)は……加えて、やけに高頻度で誤字脱字(誤変換も含む)をかますくせに、何故だか自分の語学力や国語・作文とかの能力に、えーらい自信まで持ってて。
 ええ、えらい迷惑でしたね。
 まぁ腹の中では苦笑したり、時には呆れ返っていたりもしましたけどね。
  そんな、そこまで酷いおかしいヤツなんていないよ……と思うでしょ? ええ、私だって、その時までは考えもつきませんでしたよ?
  そもそも本当に秀でているのなら、そんなに頻繁に間違いは犯さないものですよ。
  これだけでも、注意力に欠けていることと、また他人に見せる文章の書き方を知らない――の2点は確かなんですから。

  あっ……[?]には、ある意味での強調に近い用法もあるね、上の一文のように。若干、同意を求めるって部分も介在してる気がするけど。
  「~~考えもつきませんでしたよ!」としても、ほぼ同じように解釈できるもんね。



 更に、もう一つ。
 なんつーかねぇ……。
 応用や拡大解釈を踏まえれば、誰にでも当てはまりそうなほど幅のある、曖昧で思わせぶりな文章に対して「叙情的」だとか「美しい」とか評するのは間違ってますよ?
 間違いというよりも全く違うというべきかな。

 ‥‥そういうのは、卑怯といってしまうと語弊もあるけれども、その解釈や整合を読み手任せにしているだけの、手抜きな、悪文のお手本です。
 読み手に解釈の余地を残している文章とは、結果は似ているとは言え、全く意を異にするものです。
 それに、一部の思わせぶりな文章なんて‥‥「なんか病んでる人の文章だね。こりゃ」と言いたくなるようなものまであります。
  それと、そもそも「読み手に解釈の余地を残している文章」なんて、創作された物語や詩やら、くらいのものですが。
  つーかね。
  やってみりゃー判るんですが、そういう曖昧な内容の詩(とか)ってのは作るのが物凄く楽で簡単で、それっぽく見えるんです。
  要するに少し慣れさえすれば、よっぽど文才の無い人以外なら大概の人には作れるんですよ。
  ちょいと一般的でない単語を織り交ぜながら、特に不満や鬱屈などを中心とした心情の吐露を、いささか文語調の表現で――可能なら音韻の調子も整えて。
  みたいな、こんな程度のもののなら、ネタさえあれば1日に5個や10個くらい――あえて「編」とは数えない――楽勝ですよ。
  しかも。
  こんなもの無知なオトモダチ同士の間でもなければ、評価されるどころか、考慮にすら値しません。その程度の駄文です。


 まぁ最近は、そういう類の歌詞で作られている楽曲なども増えてますけどね。
 さすがに病んでまではいない(ことが殆どだ)けど。
 何らかの部分で(聞き手の)共感を呼ぶってのは、まぁ楽曲の歌詞においてはある意味で重要でもありますけどね。
  しかし、こういう形で共感を呼ぼうとするのは安易なやり方だね、と私は思うワケですよ。
  でもまぁ……商品だからね。
  商品っていうのは、需要に基づき供給されるものですから。


 それに妙に崩れた口語で歌われている曲とか。酷いのになれば、もう日本語として破綻しているものまでありますが。
 間を間引くにも限度があるだろ。
 文と文の間が飛んでいて一貫した連続性が低いのと、一文の中で抜け落ちている(であろう)ものがあるのも別物です。
 色んな(一貫性のなさげな)写真をスライドショーで見るのと、破損した JPEG 画像のような違いですよ。

 聞いていて(作っていて)気持ち悪くはないのだろうか。不思議でならない



――こういう(↓)歌詞を含む曲があるですよ。

 ~~ May be some day … こんな涙も、次の笑顔のリセットかもね …

――ハッキリ書いちゃる。
 この曲の作詞をした、歌ってる当人のお前。
 小学校・小学生に戻って、国語の授業を全て受けなおして来い。

 そりゃね?
――「このような状況で今は悲しみにくれて涙を流していたとしても、その涙は、いずれ笑顔を迎えるために、今の悲しみをリセットするのに必要なものなんだよ」って意図だとは思う/理解できなくはないけど。
 普通に聞いてると「次に来るであろう笑顔をリセットしてしまう悪いものだ(から、何とかせよ)」――に聞こえてしまって酷く意味が変わるんだよなぁ。
 つーかメチャクチャな内容だ。



 ついでに言えば、口語と文語調の表現との使い分けがアレ……ってのもね。

 この辺りの件を含めて。
 そういう、とても面倒くさい文章を書く人ってさ?
 未知の相手がいて、その人がこの文章を(まずは)文字列として読むのだ――って観点が抜け落ちてるんじゃないかな?
 文章を書くに当たって、まず自分の頭の中にあるイメージや知識を踏まえるのは誰でも同じですけれどもね?
 そのイメージ等を共有した状態じゃないと解釈までに手間隙が掛かる。下手すりゃ無理。

 前にも書いた「できんだろ」なんてのは、その好例。

 まず「~~って、できるのかな?」って問いかけがあるところで「できんだろ(?)」と言われてもねぇ。
 「できる(に決まってる)だろ」なのか「でき(るはず)ないだろ」なのやら……。
 まぁ「できる」って使い方の方が多いようには見受けられますけどね、しかし確率が高いからと言って、そう一律に判断できるものでもないんだし。
 客観性の欠如の典型。
  この Blog も基本的に口語ベースで書き連ねていることが殆どですけどね?
  基本的に、たとえ仮に冗長になってしまったとしても、複数の意味には読めないように配意した上で書いています。
  ただ、構文って言うか文章構造が複雑になっちゃってることが多いので、ややっこしいでしょうけど。



 ついでに。
 「これ」・「それ」・「あれ」って代名詞群がありますが、これの使い方がおかしい人も稀にですが見かけますね。
 これは滅多にいない、本当に極めて稀ではあるけれど、今一つ明瞭な区別ができて無さげな人を見かけたことがあります。

 「これ」=自分に属するものや、自分が最も近い位置にいるもの。
 「それ」=相手に属するものや、相手が最も近い位置にいるもの。
 「あれ」=両者(全員)から一定以上の距離・隔たりがあるもの。


 さらにオマケ。
 「すべからく・須らく」ってのは、元々は「すべくあらく」‥‥「(そう)すべきであるように」――要するに「当然だけど」とか「想像の通り」のように用いるべき言葉です。
 「一律に」とか「軒並み」・「遍く(あまねく)」――のような意味はありません。
 まぁ誤用しても通じてしまいやすい言葉同士ではありますけどね。

 

テーマ:日本語 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2009/06/16(火) 06:16:06|
  2. 見方・考え方
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  4. | コメント:0
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 時に、口調や文体が微妙に適当だったりする場合がありますが、仕様ですね。保証期間も切れてますし、どうにもなりませぬ。諦めてください。
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